『八日目の蝉』 角田光代

八日目の蝉
野々宮希和子は1985年2月3日、不倫相手の自宅では朝赤ん坊を置いて留守になる事を知り、忍び込んだ。ただ赤ん坊の顔をパッと見るだけのつもりだったが、希和子は赤ん坊をさらっていた。
赤ん坊に『薫』と名づけ、千葉の友人宅へ行く。この子は結婚相手の連れ子だと偽って数日間滞在し、赤ん坊を返す決意をして東京に戻る。だが、あと1ヵ月……そんな思いを持ち始め、名古屋へ向かった。立ち退き要請を受けている家に居坐る女性のもとで世話になっていたが、女性の娘からの連絡に警察に通報される事を恐れてその場を去り、自然食品やミネラルウォーターなどを車で販売している宗教団体エンジェルホームの本拠地へ連れて行ってもらう。世俗と隔離された環境で全財産の投資を約束し、2年以上をそこに身を置いていたが、エンジェルホームの元メンバーによる訴えでマスコミが押し寄せるようになり警察の介入も想定された頃、ホームの金を少しばかり盗んで逃げるようにホームを後にする。ホームで知り合った久美の地元小豆島にて、名前を偽りしばらくラブホテルの作業員として働いていたが、久美の実家の素麺屋で働かせてもらえる事になった。薫が小学校に上がる前に戸籍がいる。薫のために、素麺屋にいた希和子を見初めた役所の男との結婚を考えるが、島で安穏に暮らしていた日々は終わる。虫おくりという行事の時、希和子が写りこんだ写真が賞に選考され新聞に載ってしまったのだ。新聞に載ってしまった以上、ここにも居られないとフェリーに乗り込もうとしたが、そこで希和子は数人の男達に取り押さえられた。


秋山恵理菜(大学3年)は、かつて“薫”として誘拐犯に育てられていた。そのせいで家族は家族でなかったし、友達もできなかった。当時の希和子や事件については記憶を持っていなかったが雑誌などの資料で知識は得ていた。
恵理菜のもとにエンジェルホームにいた時によく遊んでいたという女が現れる。恵理菜はその女――千草を知らなかったし、自分を取材して本を出そうという千草に良い感情を持ってもいなかった。千草の話や持っていた資料で、事件の詳細を把握する。
希和子は子供を身ごもるが、秋山に「今は我慢してくれ」と頼まれて堕胎を決めた。しかしその後すぐ、秋山に子供ができる。堕胎によって子供を産めない身体になってしまった希和子に秋山の妻は電話をかけ、馴れ馴れしく胎児の様子を説明したり「お前は“がらんどう”」と罵ったりした。犯人特定が遅くなったのは秋山夫人もまた不倫をしていたからだ。別れ際に「このままでは済まない」と言い放った24歳の男を犯人だと思い込んでいた。世間は少し希和子に同情観念を見せ、秋山夫妻をバッシングする。
一般家庭より引っ越しが多かったのも、母親の情緒が不安定で家事や子供の世話をしなかったのも、そのせいだと思っていた恵理菜。幼少時代から自分のせいでこのような現状になってしまったのだと自分を責めていた。しかし、父と母が希和子を誘拐犯にしてしまったんだと思うようになる。
恵理菜の生理がこない。千草についてもらいながら見た妊娠検査薬は陽性だった。相手の岸田は以前のバイト先の塾の講師で家庭のある男だ。いつの間にか希和子と同じ事をしていると笑う恵理菜。よく面倒を見てくれたけど本当の母ではなかった野々宮希和子との暮らし、本物だけど家事をろくにやらない母と冷たい傍観者の父と気を使う妹との秋山家での暮らし。本当の家庭というものを知らない自分が母親になんてなれるわけがないと思いながら、希和子のようにはならない、と産む決心をした。


恵理菜は千草と一緒に小豆島へ向かう。フェリーに乗り懐かしい風景を目にし、だんだんとよみがえってくる感覚。お腹の中の子供や千草となら、現状から抜け出せる、そんな思いを感じる恵理菜だった。
一方、良い思い出が沢山ある小豆島へ行きたいが、どうにもフェリーに乗る勇気を持てずに毎日乗り場のベンチで時間を潰す女性――希和子。連れと一緒にフェリーに乗り込んで行った妊婦に何か、神々しいものを感じていた。


『賞賛の声、続々!』と帯にあるが、どこに感銘を受けてよいものかわからない。希和子と恵理菜(薫)は何れどこかしらで再会するのだろうと思っていたが、いまいち不燃焼ぎみな結果に思える。
この本が言いたいのは、現状から抜け出す勇気……だろうか?裸一貫で飛び出しても怖いものはない。何とかなるもんだ。というのは、恵理菜よりも希和子の逃亡生活からの方が強く感じる。
内容のわりに、長すぎるのはいただけない。